からだとこころの関係について
からだ(身体)とこころ(精神)は一体の関係にあり、身体は精神に、精神は身体にそれぞれ影響を与えます。からだの病気(身体疾患)とこころの病気(精神疾患)との間にも同様に密接な関連がみられ、症状によっては身体疾患あるいは精神疾患と簡単には診断できないことがあります。ここではそうした身体疾患と精神疾患の関係について解説します。
からだの病気によるこころの症状
身体疾患によるうつ症状
表1に示すような種々の身体疾患で、うつ症状が認められることがあり、時にうつ病と見分けるのが難しい場合があります。身体疾患によるうつ症状とうつ病との最も大きな違いは、身体疾患の治療でうつ症状が改善することです。しかしながら、うつ症状があると、身体疾患の状態が悪くなったり、回復が遅れたり、日常生活への支障が大きくなったりするため注意が必要です。
表1 うつ症状を呈することがある身体疾患
脳神経疾患 | 脳血管障害(脳梗塞など)、頭部外傷、脳炎、てんかん、水頭症など |
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内分泌疾患 | 甲状腺機能亢進症/低下症、副甲状腺機能亢進症/低下症、副腎皮質機能低下症など |
栄養代謝障害 | ビタミン欠乏(ビタミンB1、B12、ナイアシン、葉酸など)、鉄欠乏症、亜鉛欠乏症、電解質異常(低Na血症)など |
免疫異常 | 後天性免疫不全症候群(AIDS)、自己免疫疾患(全身性エリテマトーデス、関節リウマチなど) |
臓器不全 | 心不全,呼吸不全、腎不全、肝不全など |
その他の身体疾患
- 感染症
- 悪性腫瘍
薬剤によるうつ症状
表2に示すような種々の薬剤が原因で、うつ症状が認められることがあり、時にうつ病と見分けるのが難しい場合があります。薬剤によるうつ症状とうつ病との最も大きな違いは、薬剤の中止で精神症状が改善することです。
表2 うつ症状を呈することがある薬剤
抑うつの原因となり得る薬剤
- 向精神薬、睡眠薬、抗不安薬、
抗てんかん薬、抗精神病薬など - 副腎皮質ホルモン
- 認知症治療薬
- 抗癌剤
- 降圧薬
- インターフェロン
- 消化性潰瘍治療薬
- 抗アレルギー薬
身体疾患による不安
気管支喘息、狭心症、不整脈、甲状腺機能亢進症、カルチノイド症候群、褐色細胞腫といった病気で、不安やパニックなどといった不安症(不安障害)の症状を呈したり、不安症を合併することがあります。これらの症状は身体疾患の治療で改善します。
身体疾患による幻覚・妄想
脳炎の一部(代表的なものとしては抗NMDA受容体脳炎など)では統合失調症に類似した幻覚や妄想が強く表れることがあります。そのため、急激に幻覚や妄想といった症状が出現した場合には、これらの病気の可能性も考えに入れる必要があります。
からだの病気が原因のこころの病気
うつ病
表3に示すように、多くの身体疾患がうつ病の原因となり得ます。身体疾患がうつ病の原因となる理由としては、身体疾患による精神的なストレス、体力の衰えや余命などへの悲観、免疫系の異常、慢性的なからだの炎症などが考えられています。身体疾患に合併したうつ病においては、患者さんの生活の質(QOL)が著しく悪化したり、身体疾患自体の病状を悪くしたり回復を妨げて、身体の機能や寿命に悪影響を与える可能性があるため、身体疾患の治療だけでなくうつ病の治療も考慮に入れる必要があります。
表3 身体疾患のうつ病併発率
- 糖尿病とうつ病
糖尿病患者はうつ病になりやすいことが数多くの研究で示されています。それだけでなく、糖尿病とうつ病が合併すると、糖尿病のコントロールが悪化したり、糖尿病の合併症(網膜症、神経障害、腎症、心血管疾患など)が増加・悪化したりして、最終的には寿命の短縮をもたらすとされています。それどころか、糖尿病が悪化するとうつ病も悪化することが知られており、双方に悪影響を及ぼすため、うつ病の治療も考慮する必要があります。
- 心血管疾患(狭心症や心筋梗塞など)とうつ病
心筋梗塞を発症すると1ヶ月以内に約1/3の患者がうつ病を発症するとされています。心筋梗塞にうつ病を合併すると死亡率が増加することが知られており、その後の寿命に悪影響を及ぼすため注意が必要です。
- 慢性的な痛みを伴う疾患とうつ病
慢性的な痛みを生じる疾患の患者がうつ病を発症する可能性は高く、うつ病によって痛みがより酷くなったり、生活の質が低下するといった悪影響が及ぶことがあります。病状によっては、痛みに対する治療だけでなく、うつ病の治療が必要になることがあります。
- 脳血管疾患(脳梗塞など)とうつ病
脳梗塞や脳出血など脳血管疾患(脳卒中)を発症した後にうつ病を発症することがあります。これは脳の中の気分や感情に関わる部分が脳血管疾患の影響を受けたり、脳卒中になることで日常生活の支障を来したり、介護などの問題が生じることによるストレスが原因とされています。脳血管疾患によるうつ病は憂鬱な気分より意欲や自発性の低下などの症状が強く、1日の中での気分の変化(うつ病は通常朝気分が悪く夕方には良くなる)が少ないのが特徴です。脳血管疾患にうつ病を合併すると、特にリハビリテーションに悪い影響を与えるので注意が必要です。
- 悪性腫瘍とうつ病
癌などの悪性腫瘍を抱える患者さんがうつ病になる確率は、健常人と比べて約2倍とされています。悪性腫瘍の患者さんがうつ病になると、辛い悪性腫瘍の症状がさらに酷く感じられ、自殺のリスクも高まるとされているため、うつ病に対する治療も考慮する必要があります。また未発見の悪性腫瘍患者がうつ症状を呈する、いわゆる「警告うつ病」と呼ばれる状態もあり、うつ病を発見した場合には癌など悪性腫瘍の合併に関しても配慮する必要があります。
こころの病気によるからだの症状
こころの病気(精神疾患)が原因でからだの症状(身体症状)を訴えることは珍しくありません。
- うつ病の身体症状
うつ病の患者が最初に感じる異常(初発症状)は、ほとんどの場合か身体症状で、それゆえ、うつ病患者のうち、はじめから精神科や心療内科を受診するのは10%以下で、90%以上は内科をはじめとするそれ以外の科(身体科)を受診するとされています。うつ病の身体症状は多岐にわたり、ありとあらゆる身体症状を呈するとされていますが、なかでも不眠、全身倦怠感、頭痛・頭重感、肩こり、食欲不振、体重減少、動悸、便秘・下痢、胃の不快感、めまい、口渇といった症状がよく認められます。
- 不安症(不安障害)の身体症状
不安症でも、同様に頭痛・頭重感、全身倦怠感、肩こり、動悸、呼吸困難、便秘・下痢、全身のこわばり、しびれ、めまい、頻尿などの症状が表れることがあります。
うつ病や不安症ではこころの症状(精神症状)に先駆けて身体症状が出現することも多く、複数の医療機関を受診してはじめてうつ病や不安症と診断されたり、身体疾患として長期間治療された後に精神症状が出現してうつ病や不安症と診断されることがあるため注意が必要です。
- 統合失調症や妄想性障害の身体症状
統合失調症や妄想性障害では体感幻覚という身体の感覚に関する妄想がみられることがあります。口の中や喉を含む首から上の症状も多いほか、皮膚の下を虫が這っている、脳が溶ける、腸が腐るなどの奇妙でグロテスクな症状が多いことも特長ですが、時に身体疾患による症状とまぎらわしい症状を呈することもあります。
こころの病気に合併するからだの病気
精神疾患に身体疾患を合併することはよく経験されるところです。精神疾患に身体疾患を合併すると、身体疾患のコントロールが悪くなったり、身体疾患による悪影響が強く出て寿命に悪い影響を与えたりします。したがって、精神疾患の患者さんが、身体疾患を合併した場合は精神科医と身体疾患を取り扱う科の医師(身体科医)が密接に連携して治療に当たることが何よりも重要です。
うつ病
うつ病の患者は、糖尿病などの生活習慣病や、それが原因で起こる虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)など動脈硬化性の病気になる確率が高く、そのリスクは、高血圧、喫煙、糖尿病、脂質異常症といった、よく知られている動脈硬化のリスクよりさらに大きいとされています。その原因としては、うつ病により健康増進に関する意欲や関心が低下し、健康づくりに取組めなくなること、運動不足や喫煙、肥満の悪化、治療薬の服薬が不規則になったり、服用を止めたりするなど生活や治療の習慣が乱れることなどがあげられています。
統合失調症
統合失調症患者は、健常人に比べて身体疾患を合併する率が高く、代表的な動脈硬化による疾患である心血管疾患(心筋梗塞や狭心症)は約5倍、癌などの悪性腫瘍は約2倍多いとされています。その原因としては、不健康な食生活、運動不足、高い喫煙率、アルコールの摂取、違法薬物の摂取といった自己の健康を管理する能力の低下や治療薬の定期的な服用の乱れ、精神科疾患に対して投与される薬剤の悪影響、経済的問題、医療の受診などの制約などが考えられます。その結果、統合失調症に代表される精神疾患で長期に入院した患者の寿命は、健常人に比べると20年以上短いとされており、こうした患者に合併する身体疾患を早期に発見し、治療することが何よりも重要です。
お困りの場合は当院までご相談ください
身体症状があるが検査や診察で異常がなく、精神科や心療内科の受診を勧められた場合、身体症状があり身体疾患が疑われ治療を受けてもなかなか改善しない場合、身体症状だけではなく精神症状もあり、どこを受診して良いか迷う場合、精神疾患と診断されているが、からだの症状がなかなか良くならない場合など、からだとこころの問題でお悩みの場合は、こうした問題に精通した内科医師が診療を担当する当院内科までお気軽にご相談ください。